谷川健一著『蛇―不死と再生の民俗』
公開日:
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最終更新日:2014/10/03
書籍・雑誌
8月に諏訪神社に行った以降、蛇神信仰のことが気になっていたのだけど、たまたま地元の図書館にこういう本があり、諏訪にも触れている箇所を見つけたの借りてみた。
谷川氏が参照した膨大の資料、長年に渡るフィールドワークによって得られた、日本における蛇信仰に関する情報が1冊にまとめられていて非常に面白かった。
本は谷川氏が井戸尻遺跡群の一つ藤内遺跡から出土した土偶「巳を戴く神子」と出会ったところから始まる。頭に蛇をいただいた女性、それはこの土偶が作られた縄文中期にすでに巫女の登場・「神」という観念の出現・信仰の始まりを表すものではないのか、と氏は考察する。

井戸尻考古館のホームページ>藤内遺跡の出土品より
そして、そこから想起される奄美のノロの神事におけるハブの役割を皮切りに、日本における人間と蛇の関わりについて、多岐にわたって論証が行われていく。
土器や土偶の検証だけでなく、蛇を意味する筒・藤という言葉、蛇を表す音であるナガ(ナーガ)・ナギ(ナーギ)が日本神話や民話では何を意味しているのか、日本各地に残るそれらを含んだ地名と信仰の関わり、古代日本の海人文化における海蛇信仰と、その広がりを裏付ける現代日本での言葉の使われ方。はては、なぜ空にかかる7色の「虹」が虫編であり「ニジ」という音なのか。などなど。
本当に多岐にわたるので逆に1項目あたりの論証には物足りなさは感じるところもあるのだけど、その豊富な知識と豊かな発想、それを支える熱心なフィールドワークは頭が下がると言うか、単純に凄い。諸星大二郎方面から民俗学的なところに興味を持ってはいたけど、こういった形でちゃんとしたものを読んだこと無かった。こんなに面白いとは思わなかった。
そしてやっぱり諏訪の件は気になってて、そこがまた非常に興味深い。谷川氏は多方面からの考察により、諏訪大社の大祝を勤めた神氏も、もともと蛇信仰とかたく結びついていたのではないかと指摘している。もしそうなのであれば、本来諏訪にいたミシャグジ神を祀る守矢氏が滅せられたり習合されずに諏訪大社の神長官として残り、神氏と一緒に「大小のミシャグジ神とともに「穴巣始」といって冬ごもりをした」というのにも納得がいく。流派は違えど同じ神を祭るもの同士だった、のかもしれない。
また同書の中で『常陸国風土記』にある内容として以下の物語が紹介されている。
継体天皇の御世に箭括の氏麻多智という人がいた。郡役所から西の谷の葦原を切り開き、新に田をつくったが、このとき谷の神である蛇が仲間を引き連れてやってきて、妨害し、田の耕作をさせなかった。それで氏麻多智は大いに怒って、甲冑をつけ、鉾をとって山の登り口にやってきて、境界のしるしの杖を堺の堀にに立て、ここから上の谷は神(蛇)の地とすることを認めよう。ここから下は人の田とする、今後、自分は神主となって長く後代まで敬い祭ることにするから、たたらないでくれ、恨まないでくれと谷の神の蛇に告げて、神社を設け、祭りをおこなった。(『蛇―不死と再生の民俗』P.46)
これは単に僕の思いつきなんだけど、「境界のしるしの杖」って諏訪に置ける御柱なんじゃないだろうか。
昔の諏訪湖は今よりも広大で上社の位置がほぼ湖畔だったらしいが、おそらく人口の増加にともなって、少しずつ開拓され埋め立てられて農地になっていったんじゃないだろうか。「巳を戴く神子」が出土した藤内遺跡は諏訪湖からもそこそこ近く、縄文中期には農耕の兆しがあったという説もあるようだし。
が、それは同時に神域を荒らすということも意味していて、祟られることを恐れた人たちが御柱を立て神の住む場所を作った、とか。それなら僕が上社で感じた「神社敷地の境界線がなんとなく曖昧」というのも分かる。神の敷地として重要なのは御柱で囲まれたエリアであって、大社としての敷地の境界はそれほど重要ではない、とか。
さまざまな妄想が膨らむわけですが、そんなことがいろいろ想起されるくらい興味深い話が続くので本は最後まで飽きることが無かった。
時代とともに使われていた言葉が消え、地名が変わり、社が移転することで、本来それらが持っていた意味や思いが少しずつ失われていくのはとても残念なのだけど、仕方の無いことなのだろう。それを丹念にまとめあげ考察し意味や思いを再構築しようとする民俗学はやはり面白いなと改めて思った。
他の谷川氏の著書をあたってみるか、それとも柳田國男に手を出してみるか思案中。
筑摩書房
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