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映画『アクト・オブ・キリング』 正気と狂気を隔てる薄い膜

公開日: : 最終更新日:2015/01/01 映画・テレビ

前々から気になっていた映画『アクト・オブ・キリング』 、公開直後に見てきた。

映画の詳しいストーリーは公式サイトに譲る。僕はこの作品の中で語られるジェノサイドに至る経緯が何だったのかが非常に気になった。

アクト・オブ・キリング

インドネシアにおける大量虐殺は、ルワンダのような民族闘争ではないし、クメール・ルージュ政権下での粛正とも違う。きっかけはスカルノから権限を奪取したスハルトによる政治的イデオロギーの戦いだったのかもしれない。ただその戦いが広がるに連れて政治的な要素はなくなり、単にアウトローたちが資本家や華僑などから資産を奪い取るための口実になってしまった。

この映画における主役アンワル・コンゴはもともとただ映画チケットのダフ屋でしかなかった。今はそこそこの資産をもち家族に囲まれた満たされた生活をしていて、そしてあの当時共産党員を1000人を殺した英雄として一目置かれている存在になっている。しかし、もともと政治的思想を持っていたわけでもないのだろうし、今でも持っている感じでもないその彼が、大量殺人に加担するに至った経緯はなんだったのか。

”持てるもの”への憎悪を焚き付ける何があったのか、そして「それらを奪い取れ」というメッセージはどこから発せらどう広まっていったのか、共産党員(それが事実である必要はない)にだったら何をしてもいい、という共通認識はどうやって形成されていったのか。それを考える事はとても恐ろしい。

劇中、当時の殺戮シーンや拷問シーンを演じて行く中で、時折演者たちが冷静になるシーンがある。”ぶっ殺せ!”と銃を片手に叫んだあとに「これはあくまでシミュレーションだ」と言ってみたり、「あまり刺激的なのはイメージ的に良くない」とカメラを前に語ったり、果ては「こんな事がおこなれていたなんて知らなかった」と、虐殺そのものから距離を置こうとする人まで登場する。それは正気と狂気がほんの薄い膜でしか隔たっていないことを表しているように思う。そして同時にわずかなきっかけで人は狂気の側に転ぶことを物語っている。

それがハンナ・アーレントにおける「悪の凡庸さ」なのだろうし、『九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響』で語られる関東大震災での朝鮮人虐殺なのだろう。今も、日本でも世界でもヘイトクライムは渦巻いている。誰でも何かをきっかけに狂気の移ってしまう可能性は充分ある。そうならないためにも、僕らは常に理性的に、客観的に冷静に状況を捉えられるようにしておく必要はあるんじゃないだろうか。

映画の最後、アンワル・コンゴの”嘔吐”が彼が気付いてしまった事実を的確に表している。ただその嘔吐はさっき食べたものはきれいに吐き出されるかもしれないが、今までしてきたことは一生拭い去ることはできない。その恐怖を生涯背負って生きる重さを僕らも知っておくべきだと思う。

ちなみに平日の夜に観に行ったけど、ミニシアターとはいえ劇場は満席だった。

IMG_5513

関心が高い事は素晴らしい。ただ実際に観に行こうと思ったら早めの行動は必要かもしれない。なので、もっと多くの劇場でかかることを望みたい。

九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響
加藤 直樹
ころから
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