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VIBES MEETING 2013 その3 東日本大震災被災地をまわる

公開日: : 最終更新日:2016/03/28 キャンプ・アウトドア, バイク, 旅行・地域 , ,

どこから話すといいのかなぁ。

2011年の東日本大震災が起きてからずっと津波被災地に行きたいとずっと思っていた。この未曾有の大災害と同時期に生きた一人としてその状況をちゃんと知っておかないといけないんじゃないか。その光景をきちんと目に焼き付けておかないといけないんじゃないか。そんなふうに思っていた。

どうせ行くならボランティアも兼ねてと考えてはいたけど、まあ言い訳にはなるが、なかなか時間が取れなかった。自分が何か手伝えるか良く分からなかった、というのもあった。

ともあれまずは行ってみるか、というタイミングがVIBESでもあったわけで、でも昨年の岩手は1泊2日という強行軍だったのでさすがに諦め、今年は幸いにして3連休にプラス1日の休暇が取れたので、少し余裕を持ってまわってきた。

行って何をしてきたか、と問われると、見て・写真撮ってきました、くらいなので、「興味本位で来んなよ」と言われると返す言葉もないのだけど、メディアや他人の目を通してでなく、自分の目で見てこれたことに関しては本当に良かったと思っている。

それでもかなり駆け足だったので訪れた場所はとても限定的だったけど、最初の感想としては「被害範囲が広いな」ということと「復興にはまだ遠いな」ということ。知っていたつもりだったけど、現実は想像をぜんぜん上回っていた。

その3は1、2とも全然違うし、厳密にはVIBES MEETINGと関係ないのだけど、話しの流れでそういうタイトルでエントリを書く。しばしお付き合いしてくれると嬉しいです。

まず初日分(10/12)。走ったルートはこれ。


より大きな地図で VIBES MEETING 2013 初日 を表示

ちなみに今回ルート設定は成り行きで走った。ルートや目的地を設定してしまうと途中の風景をスルーしてしまいそうな気がしたし、スルーしないまでもその風景に何かしらのバイアスがかかって見てしまいそうな気がした。変に思うかもしれないけど、その時見て感じたこと をそのまま記憶しておきたかった。なので場所の説明は若干正確性が欠けてるかもしれない。

初日の那珂湊を出て国道6号を北上して福島県に入り、県道66号小名浜港方面に右折、そして県道15号交差で左折して海沿いへ。巨大な波消しブロックが並んでいる脇を走り抜ける。

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そこからしばらく北上し合磯岬のカーブを曲がると、セイタカアワダチソウが茂る広大な空き地に出た。ただ良く見ると繁る雑草の下には家々の土台が残っている。気付かないまま被災地域に踏み入れていた。カーブの直前まで普通の街並だった。津波被害を受ける・受けないの差はほんと紙一重なんだな、と思った。

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豊間海水浴場から合磯岬を望む。手前の黒いのは土のう(だと思う)で海岸線に沿って積み上げられている。これだとまた津波が来たらひとたまりもないだろう。ものすごい無防備な感じがしたけど、復旧工事はそこまでまだ手が回ってないのかもしれない。

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門柱だけ残っている。ここにあった生活が根こそぎ失われたかと思うと言葉が無い。

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塩屋崎灯台を過ぎて薄磯海岸に出るとそこも被害エリアだった。Googleマップでも記録に残っている。この衛星写真がいつ撮られたのかわからないけど、僕が訪れたときも状況はほとんど変わってない気がした。


大きな地図で見る

広がる空き地。

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残された土台に施された装飾。「We will stand strong again.」というメッセージは誰が書いたものだろう。

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かろうじて残った建物も損壊が激しく人は住んでいない。

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やはり伝え聞く情報と実際に自分の目で見るのでは印象がだいぶ違う。

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海沿いでは護岸工事をしている箇所も多く、

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そういう現場作業員用なのか、ロードサイドのラブホテルは月極の宿泊施設として利用されているようだった。満室。

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ここはラブホではないけど、宿泊所として使われているよう。相部屋4500円、個室5500円というのは相場として高いのか安いのかはちょっとわからない。

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少し北に進む。ここは常磐線広野駅そばの浜田架道橋。

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ここもGoogleマップを見てもらうと歴然なのだけど、街を貫く常磐線が堤防の役割を果たしたようで、線路の西側はほぼ無傷、東側となるこのトンネルの向こう側の多くは失われてしまっている。


大きな地図で見る

広がる空き地。遠くに見える煙突は東京電力広野火力発電所。

R0014899

なにか堤防らしき跡。路面状況があまり良くなく、僕のバイクではあまり奥まで突っ込めなかった。こういうときオフ車ならと思うけど、オフ車で神奈川からここまで自走してくるのはそもそも無理だ。

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この地域にどれくらいの人が住んでいたのだろう。線路を挟んで一つの街としてあったはずで、震災以降ここのコミュニティはどうなっているのだろう。常磐線の線路によって津波被害を免れた西側の人たちは線路の向こう側の状況をどう思っているのだろうか。そんなことを考えながらカメラのシャッターを切っていた。

思った以上に長くなったので一旦ここまで。被災地を巡る旅はまだ続きます。

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