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シーナ・アイエンガー著『選択の科学』

公開日: : 心と体, 書籍・雑誌

読了後、なんとなく考えていたことを雑然と並べてみる。居酒屋のおっさんトークに近いので、書評とかレビューとか期待されてる方はスルー推奨。

選択の科学

人生における”幸福”ってなんだろう、と考えたときに、僕は昔から「選択肢があること」だとずっと思っていた。それには少なからず父の影響がある(この話しは2006年の9月にmixi日記に書いたんだけど、これはまた別途清書しなおしたい)。もちろんお金や名誉や権力が重要と思う人も多いだろうけど、それらの行使に自分の意志が伴わなければ意味がないだろうし、恋愛やパートナーだってどんなに魅力的な相手と組める機会があったとしても、誰か別の人の意思で充てがわれたのでは納得感も薄い。やはり「自分が選んだ」ということが大切で、それがちゃんとできる環境にいることが”幸せ”なんじゃないだろうか。

と、同時に人生とは何か、という話しになると、人生はフラクタルツリーのようなもの、だと僕は考えてた。1本の幹が2つに分かれてそれがそれぞれ2つに分かれて、さらにそれらが2つずつに分かれて、そうやって広く枝を広げた木のようになる、ってやつ。

screenshot
「フラクタル 木」でGoogleが贈検索

人は生きてくなかで、本人が望むと望まないとに関わらず選択を迫られることが多々ある。そしてだいたいにおいてその選択にかけられる時間はあまりなく、即断の積み重ねで自分の人生が組み上がっていく。一つの幹から人生が始まり、何かを選択するごとに枝が2つに分かれていく。選択を繰り返していくうちに枝は2つから4つに、4つから8つに。個人的には、良い事も辛い事も多くの選択を経験して、大きく生い茂った木に育てていくことが人生なんだろう、と。

で、ちょっとだけ本著に話しが戻る訳ですが。

著者のシーナ・アイエンガーは自らの出自もあって、そもそも「選択する」とは何かに興味をもち研究を進めていくことになる。そして多くの文献を調べ、調査を行う中で、「選択する」ことは人間に限らず多くの生物にとって本能的な欲求であること、しかし多過ぎる選択は必ずしも人を幸福にはしないということ、そもそも「選択する」ことで得られる幸福の意味は一面的ものでないこと、時として「選択する」ことで何かしらの代償を払うことになる場合もあること、を説いていく。

たしかに「選択する」ことは自分自身の欲求を満たす事もできるが、同時にその結果の責任も負う事になる。時としてより大きな存在に選択を委ねる事で心の安寧を得る必要もあるのかもしれない(宗教とかそんな感じなんだろうな)。自身の選択で枝葉を大きく広げた木と、誰かに枝打ちしてもらいまっすぐに育った木のどちらがより豊かな人生なのか、というのは確かに難しい話しだと思う。

そんな、若い頃から特にまとめるでもなく雑然と思っていたことを、この本はいろいろと気付かせてくれた。別に明快な答えを示してくれるわけじゃないけど、いくつかの道は示してくれたと思う。無理に枝葉を広げるばかりじゃなく、ときとして盆栽を育てるがごとく枝を打ってみたり、環境に委ねてみてもいいのかもしれない。

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