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映画『スケッチ・オブ・ミャーク』を見てきて思うこと

公開日: : 最終更新日:2014/10/03 映画・テレビ

民俗学的な知識とかは諸星大二郎経由のものしか持っていないけど、神事・祭事以外にも民謡に関して個人的にとても関心があるので、映画『スケッチ・オブ・ミャーク』を見てきました。

『スケッチ・オブ・ミャーク』は、住民の高齢化とコミュニティ喪失による後継者の不足から、古くから伝わる神事や神歌・古謡が少しずつ失われようとしている沖縄・宮古島の現状を伝えるドキュメンタリー。

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<映画公式サイト>

劇中に登場し語り・歌うオバアたちはみんな90歳近く。楽しそうに暮らしてはいるが、島に住む若い人も減り、御嶽は参拝に訪れる人も少なくなり南国の木々に覆われていく。歌を受け伝えていく場として機能していた祭りの前の寄り合いも開かれなくなって久しい。

宮古ではまだ日常の中に宗教的な行事が根付いるところも多く、同時に今まで伝え続けられてきた歌や行事が途絶してしまうのではないか、という不安もすぐそばにある。万が一、だれにも引き継がれなくなったとき、自分たちと神様との繋がりが永遠に失われてしまうのではないか、ということに関して住人も「失われたらどうなるのかわからない。怖い。」という。

すでにそういう関係が失われてしまった場に生きている僕にはその不安は共感しづらいが、一度失われたものが二度と戻ってくることがないのはわかる。諸星大二郎マンガにも廃絶した祭りをテーマとした作品がいくつかあるが、やはり祭りは人々の生活と繋がっていて切り離されては生きてはいけないのだと思う。

50歳くらいの女性が宮司(一年神主・依り代?)として選ばれる習慣も残っていて、実際そのときになると選ばれる本人には事前に「あ、きた」というのがわかるのだそう。「司(つかさ)」というこの役回りを引き受けることになった当人たちの顔には、決して「神に選ばれた」という栄誉からくる明るさはなくて、どちらかというと「まあ選ばれちゃったから大変だけど仕方ないね」といった重苦しい、苦笑いの表情が浮ぶ。司の役割に関して映画の中では多くは語られなかったけど、当人にはそれなりに重荷となるようなことなのだろう。それでもその風習は残り、行事や歌も引き継がれていて、人々の生活と密接に繋がっている。それだけ切り離すことなく密接に繋がっているのだろう。

そういった状況を伝えつつ、古くからの民謡・神歌を記録・保存して行くプロジェクトを映画は紹介していく。解決策が提示されるわけではない。ただオバア・オジイたち、数少ない若い歌い手たちの歌声にあわせ、島の風景を映し出しながら、現状を伝えていく、とてもいいドキュメンタリーだった。

現地からは遠く離れたところで生まれ育った身からすると宮古島も”琉球・沖縄”という大きなくくりで考えてしまうけど、宮古の文化は沖縄本島ともまたちょっと違っているらしい。そして琉球時代以外にも江戸末期・明治以降の支配時期の影響も複雑に絡まっているように思う。このあたりの影響は以前訪れた奄美大島にもなんとなく同じ雰囲気があって、だから歌われる歌も沖縄本島のような明るさは抑えめで、悲しげなトーンが強いように思う。

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奄美郷土家庭料理とシマ唄の店「かずみ」 2009年7月26日撮影 その時のエントリ

そして僕はそういった歌が好きで、また実際に地元に深く根付いている歌も好き。奄美の小さな居酒屋で、地元の人が三線片手に歌ってくれた歌は今でも覚えてる。旅行の後、奄美三線を教われる場所を調べ続けたくらい(都内・神奈川ではほとんどなかった)。

だからこそこの映画の中にあった、古謡保存プロジェクトの一環として(?)宮古のオバアたちを東京まで呼び、ホールで歌わせるシーンは腹がたった。オバアは六本木ヒルズの展望台から東京の夜景をみて「良いもの見せてもらった、生きててよかった」と言って笑うが、高齢の彼女らをわざわざ呼びよせ、自宅ではイキイキと歌う譜久島雄太くんや彼女らが、ホールの大勢の人たちに動揺し・緊張して歌を忘れてそれを観客が笑うシーンとかを見て「東京の人たちはなんと傲慢なのだろう」と思った。プロジェクトを進め、支援している人たち(あのイベントへの参加も支援のかたちなのだろう)は本当に尊敬するし応援したいけど、あのシーンだけは本当に悲しい。歌も場所から切り離してしまっては意味がないんじゃないだろうか。

宮古島という場所にも関心があったし、沖縄民謡にも興味があったからこの映画を見て現状を知ったけど、ここに限らず日本各地ですでに多くの歌が失われ、祭りが途絶してしまったのだろうと思う。しかし人々の生活も変わり、必要性がなくなって受け継ぐ人もいなくなれば祭りも開かれなくなるのは仕方のないことで、それを止めることは誰にもできない。実生活から切り離して無理に保存した祭りはやはり異形なものになってしまうだろう。ゾンビのようになってしまうより、ひっそりと終わらせてしまう方が帰っていいものもあるのかもしれない。

もちろん、僕も何ができるわけでじゃないけど、ひとまず一度、ミャークヅツの季節にでも宮古島へ行ってみよう。そういえば久しぶりに映画見て泣いたよ。

スケッチ・オブ・ミャーク
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Comment

  1. 工藤琢 より:

    読ませて頂きました。
    『あっ、きた』という感覚とともに訪れる、神様との連絡係のこと。
    『土地と切り離して「支援する」という傲慢さ』のこと。
    深く思います。
    知らず知らずにうちに、いろんなものと繋がって暮らしている人の生活が、なくなってしまっては、壊れてしまっては『戻らない』ということも、深く思います。
    今、日本で、世界で、会社で、いろんな不具合が起こっている(起こしている)ことが、少しでも減って行くには、こんのドキュメンタリーが必要なんだと思いました。
    見に行ってみようと思いました。

  2. kaizuka より:

    工藤さん
    レスが遅れてすいません。コメントありがとうございます。
    映画の中で起こっていることは、いろいろと考えされられるきっかけになると思います。
    かかってる劇場は多くありませんが、ぜひ!

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