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『別海から来た女――木嶋佳苗 悪魔祓いの百日裁判』

公開日: : 書籍・雑誌

 いつもだったらこの手のノンフィクションは読まないんですよ。この事件がかなり特異だということはニュースとか読んで知ってはいたけど特段興味があるカテゴリでもなかったし、メディアから伝え聞く下世話な話はどっちかというとあまり関わりたくない部類。でもなんで手に取ったかというと、AmazonはじめTwitterなどでのレビューに興味を引かれたから。

 それは概ね

ノンフィクションにしては著者の表現が感情的すぎるのではないか

という内容でした。

 この著者の他の作品を読んでないので作風はわからないのだけど、一般的に冷静かつ客観的な視点で事実を淡々と積み上げるアプローチをとっていくのがノンフィクションだと思うんですよ。なのに感情的になってしまう、ならざるを得ない事件ってなんだろう。そうさせてしまう理由はなんなのだろうか、って。それがどうしても気になってしまったわけです。

別海から来た女――木嶋佳苗 悪魔祓いの百日裁判
佐野 眞一
講談社
売り上げランキング: 3442

 もちろんどんなノンフィクションであれドキュメンタリーであれ、著者や制作者の感情や主観がまったく入らない、なんてことは無いのはわかります。取材の進め方や事実の積み上げ方にしたって人のクセみたいなものも混じってるだろうし。でも、実際本作での著者の表現はそれとはまったく別な次元で確かにノンフィクションらしくなかったです。たとえばこんな表現。

このやりとりを聞いたとき、41歳にもなって母親からお泊まりデートの前に下着から靴下まで取り揃えてもらうような過保護息子だから嫁の来手がないんじゃないか、だから木嶋佳苗のような女の毒牙にかかってしまったんじゃないか、と内心おもったが、後段の思いはさすがに不謹慎だと思って急いで打ち消した。

正直前段もかなりアレだけど、後段もかなりひどい。しかも「打ち消した」とか言ってるけど、文章にはしっかり書かれていてなんのフォローにもなってない。これ以外にも

それを聞いて、「また出来の悪いハーレクイン・ロマンスが始まった。これだからデブでブスのスカーレット・オハラは困る」と心中でひそかに毒づいた。

 ”デブでブスのスカーレット・オハラ”とは木嶋佳苗のことを指しているのだけど、その表現自体が事件そのものとは関係がないし、ここでも「心中でひそかに」とか言うのも文章としてわざわざ書く意味がわからない。しかも、こういった感情的な表現は木嶋佳苗だけに留まらずに、ほぼ同様に被害者にも向けられていたりする。「なんでこんな詐欺にひっかかるの?おかしいんじゃないの?」という感じで。

 ただそう言った風に感じてしまう気持ちも分からなくはない。僕も読んでいていらだちは感じた。それは事件そのものの不可解さからくるのだと思う。「なんだろう、全然わけが分からないよ」という感じで。

 贅沢して暮らしたい、という動機はあるのだろうと思う。セレブリティのように働かずにそう言った暮らしをしたいという願望もあるんだろう。しかしそういった思考から、ただ淡々と人を騙し、盗んでいくようになるまでの過程がわからない。まるで日々食事を取るのと同じくらいの日常性を持って、人の食事に薬を盛ったり、人を殺していくのかが裁判を通しても不明のままだ。そしてその被害にあった人たちもどうしてそれに気づかなかったのか、気づいていても逃れようとしてない(ように見える)のはなぜなんだろう。

 ほんとによくわからないのだけど、本著作を読んで気になった点はある。

(ちなみにこの事件の裁判はまだ第一審の判決が出ただけで、これから控訴審、上告審と続くはず。現段階では木嶋佳苗の犯行であるかどうかは確定していない。けど、僕個人の意見としては、証拠として並べられた事実(練炭購入の履歴とか)を読む限りやはり木嶋の犯行であるという心証を持つ。以下はそれを前提に書くのでご了解を。)

 気になったのはこの3点。

  • 木嶋佳苗の特異性
  • 被害者の不思議さ
  • 同性の鋭さ

順を追って書いて行きます。

■木嶋佳苗の特異性

 本著作で一番のポイントは祖父が語る木嶋の幼少期の事件のことじゃないかと思う。祖父曰く、木嶋は小学生の時に習っていたピアノの先生の家から500万円近い預金通帳を盗んだことがあるという。ちょっと想像がつかない。確かに小学生も高学年になれば欲しいものが増えて親の財布からくすねたりする子もいると思う。だけど通帳は盗まないだろう。そのものの価値を知らずして盗んでいたら恐ろしいし、知っていて盗んでいても怖い。金銭欲ってそんな小さい時から生まれたりするんだろうか。それとも盗癖がたまたま高額通帳だけだったのだろうか。もちろん幼少期から金銭について異常に執着を示していたとしても、そこから殺人を犯すようになるというのは繋がりが薄い。ただやはりちょっと異常なのは間違いない気がする。

 もう一つ気になるのが、木嶋の周到さと杜撰さ。同時期に広範囲で多数の男性と交際できる器用さと、必要に応じて睡眠薬やら練炭やらを手配していた計画性の高さ。なのに睡眠薬の痕跡をホテルに置きっぱなしにしたり、本名・自宅の情報を使ってオンラインで何度も練炭を買う杜撰さ。その極端なコントラストはどういうことなのだろう。2003年くらいにオークションで架空取引を行って代金を詐取したときですら架空の口座を利用したくらいだから、人を殺す道具を実名・実住所で買うって、そこから足がつくことくらい想像できてたはずなんだけど。想像できるはずなのに、という意味では、交際相手の財布から紙幣を抜き取ったり、自宅のPCや絵画を盗んでオークションで売ったりと、足がつきそうなことを平然とやってのけたりしてるのも驚く。まるで「誰も私の犯行だなんて考えもしないはず」と思ってるかのよう。また10年以上交際し、一度も金銭を詐取したことがない男性というのが存在していて(本命?)、その人とは偽名を使っていたというのも謎だ。殺害したり金銭を詐取したり、犯行に及んだ男性とは実名で交際してるのに。普通は逆じゃないのか?それとも木嶋本人としては木嶋佳苗は架空の存在で、偽名こそが本当に人格ということなんだろうか。

■被害者の不思議さ

 また被害にあわれた人もまた不思議な感じがする。著者は「(地方から東京近郊に流れ着いた)漂流民の物語」としているけど、そういうことじゃなくて、みんなどことなくピントがずれてるように思う。もちろん木嶋佳苗に対する愛情から曇るものもあるのかもしれないけど、一度睡眠薬を飲まされ昏倒し「これはおかしい、確かめないと」とまで思ったのに再度睡眠薬を飲まされて昏倒してるのとか、いったいどういうことなんだろうか。「なんかおかしい」と思いつつ木嶋に飲み込まれていく男性たち。もちろん「それでも一緒にいてくれる人が欲しかったのかも」というのはわからなくもないけど、やっぱりちょっと不思議な感じはする。

 ただ、出会い系サイトのやり取りで騙されるなんて、みたいな論調は僕は同意しない(ちなみに本著作でmatch.comを”婚活サイト”と書いてるけど、match.comって普通の出会い系サイトじゃないの?婚活サイトって仲介するコーディネーターとかが介在する、って認識なんだけど違うのかな)。木嶋のああいったメールに本気にしてしまう男性はいるだろうな、と思う。その文面が木嶋自身の経験から積み上げられたものなのか、生得のセンスなのかはちょっとわからないけど、とりあえず会ってみるか、という気になる男性はいるだろう。そしてまた決して美しい容姿じゃないところが「本心かも」と相手に思わせてしまうのかもしれない。肉体関係を匂わせるメールの相手が実際に会ってみたら超絶美人だったりすれば、よっぽど楽天的か下心がすべてを優先する人じゃないかぎり「これには絶対何か裏があるな」とおもうはず。そうにはならない、微妙なところでの成立するポイントがこの事件では生まれたんじゃないかな、と思う。とても残念なところではあるけど。

■同性の鋭さ

 被害男性の不思議さと対極をなすようにその男性周辺の女性(親族や姉妹、ヘルパーなど)は木嶋に対して早々にアラートを挙げている。「あれはやばい」と。著者は妹(いも)の力という言い方をしてるけど、そういう霊的なものや女性の直感というより、同性がもつ違和感によるものじゃないかな、と思う。嫉妬ややっかみと思われることもあるかもしれないけど、そこの判断って結構正しいと思うんだよね。それが象徴的なのは

 被害者男性が木嶋に結婚指輪を送ろうとしたとき「私は指が太く指輪が入らないからブレスレットがいい」と言ってカルティエのブレスレットを買ってもらっていた。指が太いのを気にするなんて、木嶋にそんな女心があったなんて意外だ

というようなことを著者が書いているのを読んだ僕の妻が

 ブレスレットを欲しがったのは指が太い人向けの指輪が(入札者が少ないので)オークションで高く売れないからに決まってるじゃん。ブレスレットならサイズ関係ないし。カルティエのブレスは高く売れた、って著者も書いてるのに、なんでそこに「女心」とか感じるのか意味が分からない。案外、こういう著者みたいな男性が「可愛いところあるじゃん」とか言って騙されるんじゃないの。

と冷静にツッコんでいたこと。たしかにそれはそうだ。そういう意味で本著作を異性と読み合わせて感想を言い合うのは、視点の違いがわかっていろんな面で面白い。

 というとろで、いろいろと興味深い内容だったのでダラダラと長いレビューになってしまった(レビューになってないけど)。お腹いっぱい感は相当なものなので、本事件のノンフィクションものは他にも数冊出てるみたいだけどもうちょっといいかな…控訴審、上告審で新しい発見が出たらチェックしたいと思います。

 ともあれ、亡くなられた3名の方にはお悔やみ申し上げます。

別海から来た女――木嶋佳苗 悪魔祓いの百日裁判
佐野 眞一
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