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狂気と暴力のドミノ倒し『隣の家の少女』

公開日: : 最終更新日:2014/09/23 書籍・雑誌

僕がバイオレンス、ホラー、スプラッターというジャンルが好きなのは、そこにしっかりとした「リアリティの欠如」があるからだ。『ファイナル…』シリーズしかり、昨年見て笑いすぎて腹が捩れるかと思った『スペル』しかり、先月見た『キック・アス』しかり。リアリティの無い(もしくは薄い)おとぎ話だからこそ、安心して笑ってみてられる。

しかし『隣の家の少女』にはまったくそういうところがない。登場人物たちの息のくささまで臭ってきそうな距離感で延々と繰り広げられる生々しくも凄惨な暴力。そしてその暴力の渦に飲み込まれ理性が崩壊していく加害者たち。しかも被害者は14歳の女の子だ。

全体を通してこの陰惨なストーリーが”狂った人たちによる饗宴”ということなら少しはスッキリする(救われはしないけど)。だけど残念ながらそういうことでもない。デヴィッドとメグの美しい出会いのシーンを含む冒頭部分では(激しいDVにさらされているらしいエディは別として)すべての人が正常のように見える。

ルースもクセのある女性ではあるが、ざっくばらんな、3人の男の子を育てる逞しい母親でしかない。しかし、美しく若い女の子(とはいえまだ14歳)を養うことで過去の自分を照らし合わせて対象への嫌悪に火がついたか、または更年期の障害か、ルースは少しずつ歯車が狂い始め、「ゲーム」を始めてからはその流れに歯止めがかからなくなっていく。そしてチャンドラー家の王の精神崩壊の波はそのまま彼女たちの子供たち、子供たちの友人も飲み込んでいく。

狂気と暴力のドミノ倒しの中、唯一表現される主人公デヴィッドの心理描写が秀逸で、それだけがこの作品を作品として成立させているように思う。メグへの想いと苛立、共犯意識に苛まれつつも抗いきれない性への好奇心、両親への感情、善悪の判断、狂気の波にもまれ揺れ動く感情を見事に描いている。その微妙なバランスが『隣の家の少女』を特異な世界に屹立する名著として存在させているし、それがなければ悪趣味な暴力児童ポルノとさして変わらない。

1ページめくるたびに気持ちが暗くなる、なんだってこんな本買ってしまったのか全然理解できないんだけど、それでも最後まで読まずにはいられない、人生最悪の1冊でした。興味がある方は覚悟を決めて是非。

隣の家の少女 (扶桑社ミステリー)
ジャック ケッチャム
扶桑社
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