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孤独の発明〜グランド・フィナーレ

公開日: : 書籍・雑誌

自分自身の表面にとどまることによってのみ人生に耐えられる男であってみれば、他人と接する際にも、自分の表面を与えるだけで済ませてしまうとしても、何の不思議もあるまい。面倒な要求に応じる必要もないし、永続的な関係に縛られる義務もない。それに対し結婚というものは、いわばドアを閉ざしてしまう。生活は狭い空間に限定され、その空間のなかでたえず自分をさらけ出すことを余儀なくされる。ということはつまり、つねに自分の内側を見つめること、自分自身の深みを検証することを強いられるのだ。ドアが開いているかぎり、そういう問題は出てこない。逃げたくなったらいつでも逃げればいい。自己とであれ他者とであれ、望みもしない対峙はたやすく逃げられる。その場を立ち去ればこと足りるのだ。(ポール・オースター『孤独の発明』見えない人間の肖像から)

あるいは単に、わたしこそが他者に無関心なために、彼女を自分と同一視していただけでしかなく、I自身は昔から「みんな」に対し、腹を割った対話を求めていたということなのだろうか。だとすればわたしは、Iという人の性格を完全に捉え損なっていたわけであり、また彼女のみに限らず、Yや伊尻や沙央里を含むあらゆる知り合いや家族たちの生の声にも耳を傾けようともせずに、こちらが勝手に仮構した各々の人物像にばかり視線の焦点を合わせて、適度にコミュニケートした気になっていただけなのだろうか。しかし誰もが多かれ少なかれ、そんなふうにしか他人とは触れ合えぬものではなないのか、などと、わたしはここで開き直ってしまうことも出来るだろうが、例の解せぬ気分が直ちに歯止めを掛けてくるのだよ、ちーちゃん(阿部和重『グランド・フィナーレ』から)

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阿部 和重
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3 共感は抱かないけれどリアル。自分を投影できないけれど主人公の葛藤は刺さる。
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Comment

  1. あずき より:

    そろそろ身を固める決心をされたのでしょうか…そんな予感のする秋のお昼。
    ちょっぴりサミシイです。

  2. kaizuka より:

    あ、たしかに…このエントリ、そういう風にも見えますね。
    実際は…フフフ…どうかしら。

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