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だから今読むべき 『 希望の国のエクソダス 』

公開日: : 書籍・雑誌

 2000年、この作品が刊行された時期は丁度僕が今のネット会社で働きだしたとの前後する。当時、本屋で平積みにされていた本著の帯を見て関心を持ったのを不思議なことに記憶しているが、残念ながら結局は読んでこなかった。しかし、このタイミングで手に取り、読了したのには、なんかしら偶然を越えた意思を感じざろう得ない。なぜか。

 作中の中学生は言う。

「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない」

と。

 昨日も仕事でフラフラなりながら深夜0時に帰宅し、遅めの夕食を食べながらボンヤリテレビを見ていた。NHKだったと思う。地方都市で、過去に建
設した橋の老朽化に対する補強工事が、予算が確保できず実行できない、という話題を放送していた。ストック循環だ、と思った。「希望だけがない」と言った
中学生、ポンちゃんが予言していたことだ。それが現実的になってきている。

 テレビの中では、老朽化した橋の補強よりも新規で橋を建設すべきだ、という意見が強いと説明されている。現行のしくみだと、補強工事は地方自治体
が100%出資しないといけないが新規建設なら国が費用の50%を負担しさらに地方自治体が発行する地方債の50%を国が引き取ってくれる。そのため新規
建設でかかる費用の約3割を地方自治体が負担すればいいだけ、ということになり、だから10億で補強工事をするより国から20億だしてもらって合計30億
で新規に橋を架けた方が地元が潤う、という計算なのだという。
 すごい理屈だと思ったが、確かにそれで地元産業は潤ってきて、今までずっとそれで
やってきたのだ。でももう時代が違う。これから景気が大きく伸びる見込みもなく、日本人の人口ですら減ってきている中で、新しい橋は本当に必要なのだろう
か。若い担当者が上司に言う。「その新規に架けた橋もいずれ補強しないといけないんですよ?」。
 同じ番組の中では、首都高で発注先が決まらず補
強工事ができないでいる、という話もしていた。発注側の費用算出方法が現状にそぐわなくなってきていて、受注すると予想をはるかに上回る費用が発生して赤
字になってしまうケースが相次いだために、そもそも入札に参加する企業がいなくなった、という。
 橋の補強も首都高の話しもどちらも、慣習や前例、旧態依然としたシステムやそういうものを含めた制度や法律が、もはや現状にそぐわなくなっている状況を
的確に表している。もうそのやり方ではダメなのだ。高度成長期のようにほっておいても景気は伸び、だからいろんな問題もとりあえず先送りしておけば、後で
なんとかなるだろう、という考えはもう通用しない事を理解しなければならない。でも番組中の大人たちは、それを認めようとはしない。しないどころか「橋の
補修工事に大きく予算を割く、と言ってしまうと、今まで我々がそうしてこなかった、と言ってしまうことにはならないか」などと意味の分からない心配をす
る。もうそんな心配ができるレベルではないのだ。

 だが、この国はとにかく慣習や前例を重んじる。法律を壊すこともまた多大な労力を必要とする。だから作中の中学生たちはもはやそれを壊す労力すら無駄と認識して、それらが支配する社会そのものから出国(exodus)しようとする。

 2000年に刊行され作品の内容の最後は2008年で終わる。近未来を描いたファンタジーだから荒唐無稽に思えるシーンもあるし、作中で描かれている
ネットワークを基盤としたユートピアも現実の2008年には残念ながら実現はしていない。しかし後半描かれる日本の金融危機の描写のリアリティはなんだろうか。僕は金融の話し
は相当疎いが、でもここに書かれている状況は実はいつ起きてもおかしくない状況なのではないか、という気がしてならない。実際、もし起きたときどういう状
況になるのか、というのが想像出来ないし、最悪の展開になることを想定したリスク管理、ということも恐らくはされていないのじゃないか、と思う。

 ポンちゃんや中村君は作中の2008年に21才になっている。その年齢は今回の秋葉原での事件の加害者と年代が同じだと言っても良いと思う。「希望」が
無いのだ。もちろんだからと言って人を殺していい、という道理は通用しないが、でも確かに「希望」が無い、という事実は、今回の事件で残念ながら明確に提示されてし
まったように僕は思う。

 今回の事件のことはまた別途エントリしたいと思っている。でもとりあえず今はこの本を読んで欲しい。2000年から見た近未来である今の、示唆に富んだファンタジーを読んで、僕らが今、何をすべきなのか、考えてみる時なんじゃないかと思う。

希望の国のエクソダス (文春文庫)
村上 龍
文藝春秋
売り上げランキング: 71905
おすすめ度の平均: 3.5

1 ドラゴンはどこへ行く
4 エクソダスへの航空券
1 ありえへん
5 暗闇からの出発も悪くない
5 時代的にも、感情移入できる面白い小説。

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Comment

  1. いちtる より:

    村上龍の小説は、コインロッカーズとかもそうだけど、今の時代の気分にもマッチするものが多いよね。
    残念なのは、ネガティブな意味で…
    僕が彼の言葉で好きなのは、どの本か忘れたけど、「絶望よりも悪い『閉塞感』に(日本が)満たされている」という言葉(言い方はもっと格好良かったけど、意味は上記のような感じ)。閉塞感。そう、まさにその言葉がピッタリだと思う。
    彼のことは好きではないんだけど、やっぱり言葉が圧倒的な力を持ってるから、どうしても気になって引きずられちゃう。
    ただ、総論としてはそうなんだけど、じゃああの人はどうかという各論については、それは人それぞれだろうと思いたいし、自分は違うレイヤーで生きれるようにしたいなあと思う。

  2. kaizuka より:

    なるほど、他作品も読んでるとそういう感想なんですね。僕は他全然読んでないからなあ。
    閉塞感はそう、あるよね。社会全体に上昇感がない、というか。でも今の日本は何もしなくても死ぬわけじゃなくて、落ちても受ける底はしっかりあるから、だから全体的に澱んでいる感じ。
    村上龍の好き嫌いはまあまた別なレベルで。作家以外の面から見れば僕もそんなに好きなわけじゃないし。ただまあこの本は久々にグッとくる内容だったのは間違いないな、と。

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