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充たされざる者

公開日: : 最終更新日:2014/09/16 書籍・雑誌

友人に薦められて『わたしを離さないで』を読んで以降、カズオ・イシグロにちょっとハマって『日の名残り』、『わたしたちが孤児だったころ』と立て続けに読んだ。相変わらず平易な言葉でしか感想が書けないのだけど、面白かった。どれも派手なストーリーやドラマチックな展開もないのだけど、主人公を通した視点での丁寧な人物描写がいい。時にその視点が独善的だったりもするけどそこがまたリアル。

しばらくこの著者の作品から遠ざかっていたのだけど、よくチェックしてるblogに『充たされざる者』の書評があって(何故かエントリが消えてるけど・・・)、そこで「内容は悪くないのだけど、自分がよく見る悪夢とそっくりで読み進めるのが辛い」みたいなことが書かれていて、関心を持った。下世話だけど人の悪夢を見てみたいな、と思って。

「町が危機的状況にある」と口々に住人が言う田舎に、ピアノの演奏と講演の為に著名人である主人公が訪れる。基本のお話はこれだけ。

危機的な町の状況を変える転機となると考えられている「木曜の夕べ」という演奏会には町の住人みなが期待をしていて、だから主人公は慇懃無礼なほど好意的に受け入れられるのだけど、その主人公には次から次へと町の人たちの相談事が持ち込まれる。

町の住人たちは一様に問題を抱えていて、その問題のすべては”親と子”、”夫と妻”または”元夫と元妻”間でのコミュニケーション不全で、どれも”最初の一つの躓き”を長年放置してきたことによる。”最初の一つの躓き”から生まれるお互いの心の溝を「やがて時間と共に埋まるだろうから」などと見てみないフリとしてきた結果、そこはもう絶対越えられない大きな溝になっていて、その状況また同時に閉塞した状況をなんとかしなければと思いながら何もしてこなかった町の現状とシンクロする。

主人公は持ち込まれるこれらの相談事を時に親切に、時に嫌々ながら解決しようとするものの、自らのスケジュールや過去の事柄、それ以外の物事に振り回され、何一つ解決できず、それ以前に何一つ物事が明確にされないまま、ねじれてループ化した世界の中でただただ時間だけを浪費していく。

物語は捻じ曲がっているし、人物関係もはっきりせず、そもそも主人公を含めた人物描写自体詳細なものが存在しない中で、多少のスピード感の差はあれど、時間だけは着実に進んでいく。止まったり遡ったりしない。それがまた主人公の焦燥感を煽る。

900ページを越える本で、出だしの老ポーターから始まり、結局最後まで老いも若きもコミュニケーション不全な人たちが続々と現れ、主人公は何もできないまま次の町に向かうところで話しは終わる。終わりはなんとなく明るい希望に満ちた終わりにはなっているが、そもそも何も状況が改善されていないままなので、次の町でもまた同じ状況になるのは明白で、一番が不明瞭だったゾフィーと主人公の関係はおそらく次の町でも名こそ違えど同じような断絶したコミュニケーションを繰り返すであろう、みたいな、まるで「タチの悪い夢だと思っていながらそこからずっと醒めないでいる」ような感じが続く、なんともイヤな読後感になる内容でした。面白かったですけどね。

安部公房も『笑う月』の中で、夢で本当に一番怖いのは夢から醒めないこと、みたいなことを言っていたけど(「眠れないこと」と比べて、の話しだけれど)、確かにそうだと思う。どんなに恐ろしい内容であっても夢である以上必ず終わりがある。この本みたいに隙間なく捻じ曲がった空間での話しほど息苦しいものはないと思う。

でもあとがきを読む限り著者的にはこれを「ブラックジョーク」として書いているそう。さすがイギリス。そう思えばこの主人公も、日ごろは紳士然とするよう努めながらも時に自己中心的に感情を爆発させたりとか、この状況の中で右往左往している様はシニカルに見てかなり滑稽ではあるのだけれど。

何にしても『日の名残り』にしろ、本作でも書かれてる「過去の人間関係で犯した過ちに何もしてこなかったこと対する悔い」みたいなのは思い当たるところが多すぎて共感はできるけど暗くなることが多いなぁ。

そんなことでグダグダな書評(らしきもの)になってしまいましたが、関心持った方は気合を入れてどうぞ。

充たされざる者 (ハヤカワepi文庫)
カズオ イシグロ
早川書房
売り上げランキング: 173,210

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